第27回 縦孔とその周辺探査による月の最終期マグマ活動の解明(諸田智克)

名古屋大学の諸田智克と申します.私は月探査データを使った月の進化史の研究を専門としており,月の縦孔には火成活動研究の観点から注目しています.

 

正直に言いますと,「かぐや」によって月面に縦孔が見つかるまで,私は月に溶岩チューブや地下空洞があるとは信じていませんでした.私が前職のJAXA研究員に採用されたのは「かぐや」打ち上げ前の2005年でした.当時,春山さんを中心に地形カメラチームの科学研究テーマを洗い出している中で,春山さんが提案していたテーマに「溶岩チューブの探索」がありました.火山学的な面白さと,将来の基地候補としての重要性は理解できましたが,ずいぶんと野心的な研究テーマだなあ,と思った記憶があります.月の地下空洞というと,トンデモ話を思い浮かべる方が多いでしょう.私もそれに近い印象を持っていたのかもしれません.今思えば,科学的根拠なしにその存在に対して否定的になっていたように思います.惑星科学コミュニティの多くの研究者もそうだったのではないでしょうか.

2007年に「かぐや」の打ち上げが成功し,データ解析と論文執筆に追われていた2009年のある日,春山さんが部屋に入ってくるなり「孔が見つかった」とやや興奮気味に教えてくれました.確かにその画像を見ると天体衝突でつくられたクレーターとは明らかに深さが異なる「孔」があったのです.これを見て,本当に月には溶岩チューブがありそうだ,と思えるようになりました.同時に,科学的考察もなしにチューブの存在に否定的になっていたことを科学者として深く反省しました.それにしてもその存在をずっと前から一貫して主張してきた春山さんはすごいです.サッカーの本田圭祐選手が自らを「持っている」と評しましたが,春山さんも間違いなく「持っている」人です.

 

私は「かぐや」地形カメラの画像データを使って月のマグマ活動の研究をしてきました.月の海は深部(深さ200~500km程度と考えられている)の岩石が熱されてできた溶岩が表面に噴出したものです.その溶岩の噴出した年代や組成は,月の内部がいつ熱くなったのか,どのような岩石でできているのか,を制約するための重要な情報です.現在,月の表面に存在する溶岩の年代や組成は軌道上で撮られた画像データからおおよそ調べることができますが,過去の噴出履歴を完全に復元するためには地下に隠された溶岩層についての情報が欠かせません.縦孔は地下の溶岩層の路頭としても重要ですし,より下位の溶岩層へアクセスするための入り口としても有用です.

月のマグマ活動に関して,特に私が興味を持っているのは最終期の活動です.これまでに我々は「かぐや」地形カメラを用いて溶岩の噴出年代を調査してきました.月のマグマ活動は主に40~30億年前に活発に起こっており,その後は次第に衰退していったことが知られていましたが,我々の研究結果から,さらにその後の20億年前に再度,マグマ活動が活発になったことがわかってきました.この原因として,我々は20億年前に月の内部で大規模なプルームが発生したのではないか,と考えています.この仮説を検証するためには,20億年前に噴出した溶岩試料を分析する必要があります.残念ながら縦孔の壁面は20億年前よりはずっと古い溶岩から成っていると予想されますが,縦孔の周囲にはそのような若い溶岩が存在すると考えられています.将来,縦孔探査とともに周辺の溶岩調査が実現できれば我々の仮説が検証できるものと期待しています.

(諸田智克)