第29回 UZUME計画とアウトリーチ (寺薗 淳也)

皆様は「アウトリーチ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか? 耳慣れないという方もおいでかと思います。英語で書くとoutreachreachoutという2つの単語の組み合わせです。

reachは「リーチ」で、「届く」という意味。outは「アウト」で、外。つまり、外へ届く、ということを意味します。

アウトリーチは、その言葉の通り、研究者が「手を外に伸ばして」一般の人々に自ら研究内容などを伝えていくことをいいます。日本語では「普及啓発」などの訳語があてられることが多いですが、雰囲気は少し違います。

かつては科学者が自ら情報発信するということはほとんどなく、科学のニュースはもっぱら新聞、テレビ、雑誌などのメディアに頼っていました。その傾向が変わってきたのは1990年代くらいからで、科学者自らが直接、国民、あるいは一般の人に向けて情報を伝えようという機運が高まってきました。双方向でのコミュニケーションが可能なインターネットという手段が普及したことも一因かと思います。しかしそれ以上に、科学が巨大化、細分化していく中で、それに直接携わっている研究者が解説することで、受益者(科学を支える税金を払っている国民)への還元や、科学技術推進の世論形成などが期待できます。

 

ちょっと固いことを書きましたが、私がUZUME計画で担っているのは、この計画の広報・アウトリーチ分野です。実際には、私は学生時代から月の内部や表面の研究に携わってきましたので、UZUME計画の科学そのものにも関わることは十分にできます(というか関わっています)。ただ、いまの私の専門がこの広報・アウトリーチ分野だということもあって、私のミッションは、UZUME計画をより多くの人に伝えることとなっています。

JAXA広報部や、ウェブサイト「月探査情報ステーション」などでの経験で、私も広報・アウトリーチについてはかなりいろいろなノウハウを積んでいる、と思っているのですが、それでも講演などで月の縦孔について話したりすると、「あ、まだまだだ」ということに気づかされます。

先日も月探査関連の講演をしてきたのですが、たっぷり将来月探査(もちろんUZUME計画も含めて)を話したあと、聴衆の方が一言。「へぇ…月の裏側って私たちには見えないんですね…」

ああ、しまった、私なんかそういうことは当たり前だと思ってすっ飛ばしてたけど、本当はそういう話からすべきだった、と、またもや反省です。

 

月に縦孔があって、その下には洞窟が延びていて、そこが将来有人月面基地になる可能性もあり、その縦孔を発見したのは日本の探査機「かぐや」である…事実だけ書けば非常に短いのですが、それぞれの事実の背後には膨大な知識の積み重ねやエピソードがあります。通常の1時間や2時間の講演の時間ではとても話しきれません。そうするとウェブページで情報を出せばいい、ということになりますが、文章だけで情報を伝えるというのは難しいことです。やさしく書くことを心がけているとはいえ、私も完璧ではありませんから、どうしても難しい箇所が出てしまいます。では、たっぷりやさしい表現を使ってウェブページを作ると、今度は量が膨大になりすぎて誰も読まない…。

アウトリーチは日々、試行錯誤の繰り返しでもあり、新しい発見がある、ある意味刺激的ではあるがそれなりに専門的でもあり、かつあまり報われない分野でもあると思っています。

 

それでも、UZUME計画が実現したあかつきには巨大な科学プロジェクトとなりますから、その原資をお支払いいただく国民の皆様にはその内容や意義をお伝えしなければなりません。何より、次世代を担う子どもたちをワクワクさせることも大切です。その子どもたちは、将来の月面基地構築の技術者になるかもしれないのですから。

どうしてもこういう話をしていると夢やロマンという言葉が先に出てしまうのですが、その夢やロマンの先に、本当の面白いことが隠されている…。そのようなことを伝えるために、今日もこうやって記事を書き、明日もどこかで講演をしています。

 

寺薗淳也