先日,韓国の南端に位置する済州島で国際会議が開催され,その最終日のエクスカーションに参加しました。島の中には,まだまだ手付かずの自然が数多く残り、島の中東部にある万丈窟を見学してきました.私にとって,このような溶岩窟は初めての経験なので,自然が作り出す神秘的な光景に圧倒され,月や火星の溶岩チューブに思いを馳せながら,溶岩流線や溶岩石柱等を見て感動していました.
UZUME計画では月や火星の縦孔・地下空洞を探査し,多くの科学的に興味あふれる月惑星科学の課題の解決を目指しつつ,究極的には,人類の月や火星での活動拠点の構築,そしてまた,火星での生命探査を目指しています(UZUMEのホームページ(春山純一)より).
地球以外にもアミノ酸またはそれに至るまでの物質(前駆物質)を含む多様な有機物が存在することが知られています.隕石,彗星,宇宙塵により,それらが原始の地球に運び込まれたと推察されます.また,近年生物の痕跡と考えられるものが,火星由来の隕石に見つかっていることから,生物又は生命前駆物質が宇宙空間を越え移動した可能性が指摘されています.宇宙空間は生物にとって最も過酷な極限環境(真空,乾燥,紫外線,放射線,等)ですが,地球や火星等で微生物が生存できたことは,宇宙の様々な環境を乗り越えてきた証しに違いありません.
火山性の地下空洞なら,広い空間や横孔が拡がっている可能性が高いと考えられています.地球以外の有機物を採取する場所として,火星や月の縦孔(横穴)は最も有力な候補となりえます.月の表面では,生命体は紫外線に直接曝露されるために分解されてしまいます.ところが,月や火星の溶岩チューブ内では温度はほぼ一定で,紫外線や放射線はうまく遮られ保護されていることから,環境的に安定化していると考えられています.そして,水(氷)が存在できるならば,生命体も生き残る可能性が十分に考えられます.約40 億年前~35 億年前の火星には,大量の液体の水が,地表および地下に存在していたことが明らかになっています.火星着陸探査機による堆積物の化学・鉱物分析および周回機による高解像度リモートセンシングによって,火星海洋の古環境も復元されつつあり,火星の水環境は40 億年前から30 億年前にかけて,地下の水質に変化が起きたことも示されています火星地下空間における生命体の痕跡,或いは現存に期待が高まってきているといえるでしょう.
月や火星のUZUME探査においては,生命体を直接的に調べることはもちろんですが,生命体の前駆物質の存否,更に生命体にとって関わり深い元素の存在状況などを調べることも重要な課題の一つであるといえます.地球では,太陽系形成の後期爆撃時代に,水などの揮発性物質,生体物質(H,C,N,O,Na,P,S,Kなど)が,岩石天体の表層に蓄積して,生命体(あるいはその前駆物質)が進化してきたのかもしれません.これらの研究には,主要元素だけでなく,上記の軽元素を精度良く計測できる蛍光X線分光計(XRF)が望まれています.軽元素の検出限界は,XRFではX線検出器の窓の材質と厚さで決まります(一般にBeの薄膜窓).シリコン検出器の窓として,これまで利用されてきたBe材に代わって,極めて薄い窒化膜が利用できれば,C,N,O,Naなどの軽元素が容易に測定できるようになり,UZUME探査において,XRFを利用した鉱物・元素分析に威力を発揮できるだけでなく,生命探査にも貢献できるものと期待しています.