第21回 月の縦孔のアストロバイオロジー的意義 (小林憲正)

 横浜国立大学でアストロバイオロジー,特に化学進化と生命の起源の研究をしております。アストロバイオロジーの観点から,月の縦孔の意義を考えてみたいと思います。

 生命の起源を考える上で,宇宙との関連を考えることは不可欠です。地球生命の起源としては,地球起源説と地球外起源説がありますが,前者の場合でも地球外有機物の寄与が無視できないことがわかってきました。また,後者の場合,生命(微生物)の惑星間移動の可能性の検証が必要です。後者の観点は,おそらく東京薬科大学の横堀さんがいずれ書いていただけると思いますので,前者を主に述べます。

 地球外にアミノ酸(もしくはその前駆体)を含む多様な有機物が存在することが知られており,隕石や彗星によりそれらが原始地球に運び込まれたことが想定されています。ただ,隕石や彗星ですと,衝突時の有機物の分解が問題になります。それに代わるものとして宇宙塵が注目されています。宇宙塵は今も地球に降り注いでいますが,それがアミノ酸などを含んでいるかは,地上で集めた塵からは判断が困難です。そこで,「地球外環境」として,国際宇宙ステーション上で宇宙塵を採取する実験「たんぽぽ計画」が2015年5月から始まりました。

 地球外有機物を採取する場所として,月も候補となります。ただ,月表面ですと,紫外線に直接曝露されるため,分解されてしまう可能性があります。そこで,太陽光のあたらない場所が採取場所の候補となります。かつて,NASAの探査機クレメンタインが月の永久影に水の氷を発見して話題になりました。水の氷が存在できるならば,有機物も生き残る可能性が十分に考えられます。そして,月の縦孔は,そのような「永久影」探査地点として有望です。

 もうひとつの月の縦孔の意義は,17回で妻木さんが書かれているように,月面基地としての利用です。火星や火星衛星などからのサンプルリターンが議論されていますが,火星に生命が存在した場合,それを含む試料を直接地球に持ち込むのは危険を伴いますので,地球生物圏から隔離された場所で初期分析を行う必要があります。そのような宇宙検疫の立場からは,国際宇宙ステーションも候補となりますが,その運用期限や,設備の制約から考えると,月面基地はより優れた候補でしょう。

(小林憲正)