第4回 UZUMEと宇宙放射線研究の密接な関係性(永松愛子)

■ 有人活動を取り巻く宇宙放射線研究
 世界で初めて月面縦孔を発見された春山先生との出会いは、2010年頃。
国際宇宙ステーション(ISS:International Space Station)の日本の実験モジュール「きぼう」が打ちあがって3年目。私は宇宙飛行士や宇宙ステーション船内および船外環境の宇宙放射線計測を担当している。JAXAが開発した宇宙放射線による被ばく線量を測定する線量計とその解析システムを使って、日本としては初めて継続的な低地球軌道における宇宙放射線環境のモニタリングを担当していた。「きぼう」の運用が始まったと同時に、ポストISS構想の検討も始まり、社内研究として「月面有人活動に向けた宇宙放射線影響に関する研究」を立ち上げて間もない頃だった。

現在のISSにおける宇宙飛行士のフライト当たりの滞在日数や生涯搭乗日数は、宇宙放射線による被ばくで生涯にわたるがん死亡率の増加が3%程度以下になるように性別・初飛行時の年齢幅によってリスク算定評価により定められている。そのため、宇宙放射線による被ばく線量は、宇宙飛行士の軌道上での滞在期間を制約する要因となる。宇宙放射線の環境を把握することは重要だ。そして、その宇宙放射線を低減する対策を講じることはもっと重要だ。

 

■ UZUMEプロジェクトに期待すること
宇宙放射線対策として有効な策として、これまでの夢のような「ガラス張り温室」の月面基地構想ではなく、きっと存在すると予測されていた惑星の「溶岩(ラバ)チューブ」を利用した月面基地構想図がいろいろな科学雑誌誌に掲載されていた。まさにそのタイミングでの、月面縦孔発見のご講演は非常に新鮮。しかも、かぐやの観測ではさまざまな新しい発見から「将来の基地利用」へすでにフォーカスが向けられていて、その視点も非常にユニーク。春山先生の素晴らしいご研究の成果だけではなく、優れたリーダシップと機関・分野を超えた巻き込み力に魅せられて、幅広い分野から協力者がぞくぞくと集まった。

ちょうどその頃、月面にもう一度無人探査衛星を飛ばしてローバーを月面に下ろすSELENE2ミッションの検討が進み始め、有人が降り立つ前の宇宙放射線環境の計測のために、被ばく線量計を搭載する提案も行っていた。各国の宇宙機関も、将来の有人宇宙活動のために地磁気圏外の宇宙放射線環境計測の検討を始めていた。それまで、アポロ計画における24人の宇宙飛行士が身に着けた当時の受動・積算型の被ばく線量計のデータしかなかったからだ。1960年代の計測技術で取得されたデータのみでは、月面に長期で人を送りこんでもよいか、ミッション成立性の合否は判断できない。SELENE2の実験機会により、日本が世界初の地磁気圏外のリアルタイムの被ばく線量計測を実現できればと非常に期待していたが、残念ながら、2013年にZeitlinら(米国)が、LROおよびMROミッションにて世界初の地磁気圏外のリアルタイム線量計測を実施し、SCIENCEに論文が掲載された。

そう、世界初・世界一を達成することは並大抵のことではない。日本が生んだ世界初の月面縦孔の研究は、日本人としても研究者としても誇りに思っているし、個人的にも大ファンだ。将来の有人月探査のための重要な拠点研究になるに違いない。月面縦孔がどれだけ宇宙放射線の遮蔽に寄与するかシミュレーション研究も魅力的だ。今度は「チーム春山先生」のUZUMEプロジェクトの一環として、ぜひ月面縦孔の宇宙放射線環境を世界で一番に計測できればと考えている。

永松愛子 Aiko Nagamatsu